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サルタへの道

2回にわたって書いたセコリジャパンスクールの一期生、前回紹介した通り頑張っている2人がいる。S子はキャリアがあるせいもあってイタリア人でもなかなか取得できない正社員の資格を得てG店で働いている。
 C子はサルタ(女職人とでも言いましょうか)の道を目指して、壁にぶつかりながらも自分の目標に向かって一歩ずつ突き進んでいる。

 ミラノでやっと職場に入れたM店では足元を見られたのか、ただ働きすること6カ月。毎日襟の八刺しをしながらもサルトの仕事を見てノートとることだけは忘れなかった。貯えも底をついてきたので何とか給料得られる所で働きたいとローマに渡った。そこで片端からサルトリアを訪ね歩いたが断られ、やっと「来てもいいよ」と言われたのが有名なG店だった。ここではモロッコ人サルトのアシスタントをしたので仕事の幅は広がった。この店はアラブやロシアの金持ち相手にビキューナなどの超高級品を多く手がけていたので、良い素材に触れる機会にも恵まれた。ただ店は羽振り良かったが給料は750ユーロ程度で、部屋代450ユーロ払えば手元に残るのは少ない。

 店では2番目に手が良いとまで言われるようになったが、自分の実力評価は給料の額でしか分からない。そこで社長に直接問うてみたがセクハラまがいの言葉しか返ってこない。1年近く経って再度自分の実力評価を知りたくて社長に直訴、ようやく150ユーロUPの口約束を得た。
やっと気持ちが治まったので、今までの感謝の気持ちを述べ辞めたのが昨年の秋だった。  翌日から次の職場探しに奔走した。目標は「(1).今までより給料200ユーロUP (2).今までやってない仕事をさせてもらう (3).一人暮らしをする (4).12月から働き始める」だった。

 イタリアも不況の波が押し寄せ、サルトリアの仕事は減っているので条件は厳しかった。 そこでフィレンツェからナポリまで範囲を広げ、履歴書を書くこと50通、訪ね歩くこと数十回。情熱を持ってしつこく当たれば拾う神あり、ついにナポリのC店でOKが出たのは12月初めだった。イタリアの平均月収1.000ユーロ世代に入れ、晴れて4つの目標は達せられた。社長は懐の広い人で、新しい仕事をかなり任せてくれる。以後、感謝の気持ちを忘れず毎日サルタの道に励んでいる。

 残り1年半で1着丸縫いできるようになるのが次の目標と言う。  ほとんどの人が途中で挫折する中、怒鳴られても嫌がらせにあっても志を崩さず頑張った結果が岩をも動かすこととなり、トータル5年でサルタのプロローグは終了できるかもしれない。「答えを性急に求めずヒントを与えてもらう。それを悩みながらやってこれだと体得した時の喜び、それが自信となり次の挑戦になり自分の成長となる」と言う彼女の言葉に、現在多くの若者が希薄になっている魂を呼び戻された感じさえする。頑張れ!

  N.S   

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