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最近気になっていること!
年齢も60代半ほどを過ぎると、限られた世界の中で生きている自分が広い社会や生の中でどのようなところに居るのかなと考えることが多くなります。
そんなある日、目に付いた雑誌の記事に「3分間ドラッガー」というコラムがあり見出しに<日本の近代社会の成立と経済活動の発展の根底には“知覚”の能力がある>とあり興味を惹かれました。文はドラッガー学会代表で立命館大学客員教授の上田惇生氏が書かれたもので、本人の訳書であるピーターFドラッガー著『すでに起った未来』の中の−社会および文明としての日本−の章でドラッガー氏が語っている内容を引用したもので、日本について造詣の深かった氏が日本人とその国民性について歴史や文化、伝統、生活様式等を分析しながら、世界のなかでどのような存在であるかを語ったものでした。
コラムの印象的な部分を抜粋してみます。
分析に対置するものとしての知覚こそ、実に10世紀以後の日本画における継続的な特性である。
日本の近代社会の成立と経済活動の発展の根底にはその伝統における知覚の能力があり、これによって日本は西洋の制度と製品の本質を把握し再構成することができた。
日本について言える最も重要なことは、日本は知覚的であるということである。
(『すでに起った未来』)より、とありました。
本についての興味が湧き上がり、早速購入して通読してみました(難解部分がかなりありました)が日本のことばかりでなく世界の歴史と文化のなかに起った様々な現象を分析し、その根底にあったものが何であるかと指摘しながら、今ある世界の姿(この本が最初に印刷出版されたのは1994年です)との関わりを描いていました。また、今を生きる私達がより良い世界を求めるためには目の前で起っている様々な現象をどのように把握して行く必要があるのかということも言下に語られていました。
中には社会とのかかわりで“人間の実存”とはどのように考えられてきたかという項目があり、忘れていた自分の若い頃に想い巡らしたテーマに触れ、心躍らして読みながら、自らの存在が社会或いは生のなかでどのようなところに居るかを薄っすらと感じ取って不安な気持ちが大いに和らぎました。
その項で考察されていたキルケゴールの言葉を記してみます。
人間の実存は、精神における個人と社会における市民を同時に生きるという緊張状態においてのみ可能である。(『すでに起った未来』)
本の表題『すでに起った未来』という言葉には不思議な意味を感じていましたが、裏面にその補足があり次のように記してありました。
重要なことは、「すでに起った未来」を確認することである。すでに起ってしまい、もはやもとに戻ることのない変化、しかも重大な影響力をもつことになる変化でありながら、まだ一般には認識されていない変化を知覚し、かつ分析することである。
この本は政治・経済・社会・企業等の広い範囲にわたっての著作であり、ある範囲にその主旨を絞る必要はないのですが、あえて私達が携わってきたファッションやアパレル業界での仕事にあてはめてみたくなりました。
IK
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